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2012.7.31

コシヒカリに稲穂がでてきました。

早稲の ゆめみづほ は既に頭を垂れています。

2012.7.30

毎日見る景色

物心ついた時から変わらない景色

道路も田んぼも、山も何も変わっていない。

2012.7.27

雑草チェック

雑草の季節、田んぼも例外ではなく草が生えます。

そんな雑草を許しません。厳しくチェックします。

2012.7.14

昔から ねむの木 の花が咲くと梅雨があけると

言われているらしく、そろそろ梅雨明けの予感。

2012.7.13

二重人格という言葉がある。印象としては

あまり良いものではない。しかし三重人格はどうだろう?

なぜだか少し興味が湧いてくる。その先の四重人格と

なると、再び混沌とした不安定なイメージが浮かび上がる。

自分は、三重の人格 (人格ではなく視点) を持ち、

それぞれの自分がそれぞれの自分を俯瞰(ふかん)して見る。

これが大事だと思った。 農業をしている自分は、お店を経営

している自分を俯瞰し、同時に東京での活動も俯瞰する。

お店にいるときは、もうふたりの自分をジャッジし、東京に

いるときも、もうふたりの自分を眺めている。こんな生活を

ここ数年続けている。それが自分にどういう影響を与えて

いるのか正確なデータは出しづらいが、間違った方向や

一方的な思い込みに陥らないなど一定の効果はあると思う。

集落の人間でありながら、東京で全く別の仕事をこなす。

そんな人間がいったい世の中に対して何ができるのか。

それは、ブリッジとしての生き方ではないだろうか。

ブリッジ()とは、隔てられた側と側を繋げるもの。

意識や理解の隔たりを埋め、相互理解を生む装置である。

これこそ、自分の役目なのではないか。ご存じの通り

これはたやすいことではない。しかし、過疎の問題にしろ

TPP の問題にしろ、国家運営の問題にしても、結局は

それぞれの側から対岸を野次っているだけ、何のリスクも

ないので一向に解決には向かわない。両側を知る人間こそ

橋をかけることができるかもしれないのである。

やらなければいけないことはそこなのではないか。

2012.7.12


ブルーベリー

ナシ(成長中)

2012.7.10

黒米の様子、だいぶ成長してきました。

一方、こちらは「ゆめみづほ」早稲品種です。

手前に何本か長く成長しているのは、米に似せることで

人間の目を欺こうとする雑草です。

2012.7.8

母校の小学校は、当時同級生は16人いました。

現在は全校生徒で30人くらいだそうです。

いわゆる典型的な過疎の農村である。あのときは、

学校全体が遊び場であり、集落全体が 鬼ごっこ や

かくれんぼ の舞台でした。暗くなると自然に解散、

基地をつくり山を駆けまわり毎日違うルートで帰る。

釣りをしていても飽きると今度は川に入って遊ぶ。

そのような少年時代を過ごして来ました。今でも、

創造性や行動力の原点はそこにあると思っています。

そんな思い出の場所がなくなってしまうかもしれない。

そんな話を聞き、とても胸が苦しくなりました。

自分たちが歩んできた道、素晴らしかったと信じている

思い出が否定され、遮断されるようで苦しいのです。

どうすればいいのでしょう。そんなことを思いながら

同級生たちに声をかけ、久々の集合となりました。

まずはそこから始めることにします 。

2012.7.5

約一ヶ月かけて行った田んぼの草刈り。

ようやく終了しました。これを一人で行なう事を

考えると恐ろしい。でも今まで父親が一人でやって

いたわけである。たとえ一人しかいなくても

やらなくてはならない。誰かを当てにしたり、

たとえお手伝いの約束を得たとしたとしても、

責任はこちらにあるから、一人でやり抜く意識を

緩めることはできない。もっと覚悟が必要だ。

2012.7.1

黒米の田んぼの周りの草刈りをしているとき

近所の人が「あんたら親子は綺麗に刈りすぎるから

ワシら草刈りしにくいわ」って言ってきた。

冗談で言ってたのだけど、振り向くと確かに細かい。

どうせ一ヶ月で、また草だらけになるのだけど、

これは性分だと実感。しかし集落にこういう人が

一人いないとダメなんだなとも思った。


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