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2011.5.23

黒米の田植えをしました。毎度のことながら全て手作業です。

2011.5.8

この水は、以前紹介した集落が管理する貯水池からの水です。

集落のほとんどの田んぼはこの水を使っています。

ある農家が田んぼのあぜ塗りを何らかの理由で行わなかったとします。

そしたら田んぼに水が貯まらず、常に水を入れ続けなくてはならなく

なります。結果、周りの人達に迷惑をかけることになるのです。

その辺の明確な決まりごとがなくてもコミュニティーの秩序が

しっかりと保たれているうちはいいのですが、一人でもそういう人が

現れると、ルールを記したマニュアルやら、立て札やらが必要に

なってくるのです。もちろん、この土地にはそのようなものはありま

せん。ところで、最近わかったことなのですが、平安時代の文献に

我が集落の名前が記されていた事を知りました。やがて1000年近くも

続いている集落単位での農作業。 集落のコミュニティーとは、

秩序を保つ上で最も適した単位なのかもしれません。

2011.5.2


今年もとうとう始まりました。機械を使う人が一人、

補給用の苗を準備したり、あぜ前の高低をなおしたりする人が一人、

そして押し植えする人が一人、順番にローテーションしながら

次々と、苗を植えていきます。段取りがいいと、たった2日程で

終わってしまうのです。かつては、家族総出で行なう一大行事

だったんだけど(だから田舎は大家族なのです)機械の登場で

シンプルな作業になってしまいました。

たいしたことではないと思うかも知れないけど、何百年という

稲作文化の流れの中では一大事です。長い年月で培われた知恵や哲学を

一瞬の不注意で失ってしまう可能性があるからです。

人間は、苦労してきた分、便利なものに酔ってしまう傾向にあります。

それは、戦後から現在までの流れを見れば一目瞭然です。

しかしこれからを生きる私たちは、その辺を考えぬく必要があります。

便利や効率だけを求めた時代から次の時代への転換です。

そのためには、まず失いかけている農業にまつわる大事なことを、

しっかりと踏まえる必要があるのです。


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