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2009.5.31

我が家のある集落の航空写真です。見ての通り昔ながらの小さな田んぼです。

こちらは、同じ縮尺での平野部の田んぼ。区画整理された大きな田んぼです。

こちらは、オーストラリアの田んぼです。飛行機で種をまくらしい。
穫れたら穫れた分だけ、いっぱい穫れたらラッキーって感じかな。
もちろん同じ縮尺です。。。

2009.5.30

朝露にぬれた奇麗な緑 と思いきや、雑草ではありませんか!
石灰散布をためらった結果、大豆の芽どころか スギナ畑になってしましました。
雑草なんてなんとかなるだろうと高をくくっていたのです。
しかし現実は甘くなく見ての通り。
さて、どうしましょうか、決断しなければなりません。。。

2009.5.26

こちら、手植えの有機黒米。機械植えとは見た目が違います。
それぞれの苗が整ってないぶん個性的というか、野生的な印象を受けます。
もちろん数日たてば皆そろって上を向いてくれます。

こちらは一本苗。とても貧弱ですが、
収穫の時には他に負けない立派な稲穂を実らせます。
その他にも、二本苗、三本苗、四本苗とを植えています。
何本で植えると米粒が一番多く穫れるか、
また、何本で植えると上質の米になるか、
ベストを見つけるために毎年データをとっています。

2009.5.23

黒米の田植えをしました。今年はお手伝いしてくれる人が二人。
そして父親との合計4人での田植えになりました。
一年ってほんと早い。去年の田植えが昨日のようです。
そして、何も変わっていない。

脳の構造は分からないが、勝手な想像で、脳の中に引き出しがいっぱいあって、
その引き出し一つ一つに思い出が詰まってる。いったん引き出しが開くと、
その時の記憶があふれ出てくる。去年の田植えの時の父親の仕草や、
言った事、教わった内容が次から次によみがえる。とても不思議な感覚だ。
もしかして引き出しを開ける事って凄く大事な事なのではないだろうか。
しかも、身体が一年っていう時間を感じているとしたら、毎年同じ事を
繰り返す事に何か特別な意味があるような気がしてならない。
桜だって、一年に一度決まった時期に花を咲かせるし、自然のものは全て
一年のサイクル上にある。人間の身体と一年という時間との関係が気になる。
そして、知識も大事だけど、体験によって発見することが大事なんだな。
一年前と全く同じ景色を見て感じた。

2009.5.22

明日、田植え予定の有機田です。ここでは黒米の田植えをします。
準備万端整いました。

こちらは大豆畑。鳩に見つかってしまいました!
早くも天敵の登場です。一生懸命に土を突っついています。
あっという間に全部食べられてしまうのではないかと不安が頭を過ります。
とりあえず泥を投げて追っ払ったが、今度来たら豆鉄砲だな!

2009.5.21

こちら、有機田のコシヒカリです。確実に成長しております。

2009.5.20

大豆を植えました。稲刈り用の鎌(カマ) でちょいと穴をあけ
乾燥した大豆を3粒くらい落とし土を被せます。
近所のおじさんが『鳩に餌をやっとるようなもんやな!』と冷やかしにきたが
めげずに全面に植えました。 確かに鳥と雑草との戦いになりそうです。

また、酸性である畑を中性にする必要があります。そのために石灰をまくのが通常。
しかしなんか抵抗がある。この土地のものでもないし石灰を使いたくない。
色々調べていると、草木灰散布は石灰と同じ効果があるとのこと。
ということは、毎年大量に穫れる籾殻(モミガラ)を畑に持ってきて燃やし、
その灰をまき、石灰の代わりに使うのはどうだろう?
それか収穫後に大豆の茎を燃やし焼畑にすればいいのではないか。
先人が築き上げた農業には無駄がない、余分など一切ないのだ。
そして結論!石灰とは現代の私たちの生活でいえばファーストフードみたいなもの、
便利で、手っ取り早く食欲を満たしてくれるマック(マクドナルド) である!
そればっかり食べてたら身体によくないような気がしてくる。
石灰散布を繰り返すと、やはり土壌によくないような気がしてくるのです。

目標は、何の根拠もないが半分くらい実ってくれればいいなとの思いから
50% としときます。植えた豆は 1.3kg 果たして秋にはいかほどになるのやら。

2009.5.18

この堤(つつみ)は、集落が所有する水がめで、うちの田んぼは
ほぼ全てここから水を引いています。田んぼにとって水は命、日本の山村の
ポテンシャルはなかなかのものです。水が枯れるなんてあり得ません。
それに比べ近代農業の象徴であるオーストラリアの稲作は、干ばつで壊滅的らしい。
収量は最盛期の10分の1にも満たなくなり、尊厳をもって土地を棄てるように
農民に呼びかけているらしい。自然の水の循環システムを無視した結果、
自然から大きなしっぺ返しを食らったのである。

2009.5.11

早朝、昨日の溝堀りの結果が気になりチェックしにいきました。
なんと一日で畑が乾いています!自然を相手にするのってほんと面白い。
YES か NO かシンプルに答えが返ってくる。
この畑の答えは YES ってわけ。土が喜んでいます。

こんなに水が流れ込んでいたとは驚きです。だからといって
コンクリートで固めて漏れなくすればいいかといえば
そういう事じゃないんですよね。便利になればなるほど、
自分で発見し、感じ、学びとる事ができなくなる。
ときには不便なほうがいいということ。
これもまた、大事にしたい感覚です。

2009.5.10

こちらは、有機無農薬の田んぼです。土の色が他とはあきらかに違います。
有機JASの認定を受けるには、定められた厳しい条件をクリアする必要があります。
平成19年度で日本における有機JASの認定を受けた米はわずか 0.12% に過ぎません。
この米を食べてる人は幸せです。

大豆畑の水漏れ対策は、溝を掘り水の流れをつくる事。
スコップとクワを使い掘り進みます。
水は正直に高いところから低いところへ流れてくれます。
水の機嫌を伺いながらの作業でした。

2009.5.7

『農業体験』ってなんなんだろう。
もちろん、農業を体験するってことだけど、
田植えが完全に終了するまでの一連の流れを経験して感じた事は
一言でいってしまえば『農業体験』っていう言い方を変えた方が
いいのではないかという事。たとえば『農業の楽しいとこだけ体験』とか。
都会のエコ信者たちが去った後、農家の人達が植え直し(補植) や後片付けを
している光景が想像できます。もし体験してもらう機会をつくるとしたら、
しっかりと意味を持たせなければいけません。熟考する必要がありそうです。

2009.5.6

田植えは機械でサーッと終わってしまうと思っていました。
おそらく、田植え体験した人ですらそう思っているでしょう。
実は、田植え終了までは、さらにいくつもの行程を重ねることになります。
機械が歩いた道をもう一度歩き、機械が植え損ねた箇所に手で植えていきます。
あんなに奇麗に植えているようで実は、けっこうぬけているんです。
また、田んぼの高低のせいで、苗が完全に水中に潜っているものもあります。
そんな場合は、新たに植えるか、ゆっくり苗を引っ張り上げます。
ちょっとでも水上に苗が出てれば大丈夫なのだとか。
全ての田んぼ、全ての列、全ての苗をくまなくチェックします。
日本の田園風景が奇麗なのは、奇麗に植えているからなんですね。

2009.5.5

苗が入ってたケース。この後一枚一枚洗う仕事が待っています。

2009.5.3

ここにきてトラブル発生、大豆栽培を予定していた畑ですが
隣の田んぼの水が漏れてきてしましました。
溝を掘り応急処置をしなければいけません。

2009.5.1

2009年の田植えがスタートしました。
まずは、早稲品種の『ゆめみづほ』から。

ここでも、性格がでます。というかセンスが問われます。
まっすぐ奇麗に植えれる人、曲がっていく人。

20年近く前の田植機もいまだ現役です。


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